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縁城寺

縁城寺

峰山町橋木873, Kyotango-shi (Fukui), 627-0001, Japan

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About 大自然に学び、こころ育む。
ここ、森のお寺の「縁城寺」は命と心の学び舎です。
縁城寺 cover
Description  發信貴山縁城寺は養老元年(717)善無畏三蔵開基の奥丹後古刹。当山縁起に、「養老元(717)年、印度の高僧善無畏三蔵来朝し、紫雲の霊瑞を尋ねて当山に来たり。 梵釈二天が護持せる千手観音木像を授かり、その由来を記して尊像の天衣に結びて帰唐され給う」と伝える。  その後、光仁天皇の叡聞に達し、宝亀二(771)年、堂宇を建立し、「千手院」と名付け勅願寺となし給う。 更に、桓武天皇は、延暦十四(795)年「縁城寺」の寺号勅額を給う。 弘法大師は、若き日、当寺に善無畏三蔵の「天衣記」あるを聞きご来錫、これを披見し、「發信貴山」と山号額を自ら書き残し給う。
 その後村上天皇の勅諫を受け一時衰微したが、一条天皇の帰依篤く再び勅願寺として永延二(988)年再興された。
 爾来、奥丹後地方庶民の信仰の中心として、仁王門より金堂までの三百メートル余には七ケ院二十五坊谷に満ち香煙絶えることなく、奥丹後随一の祈祷の名刹として賑わいを見せた。 三度諸堂灰燼に帰するほどの大火に遭いながらも、そのつど再興されている。 しかし、明治四(1871)年、廃藩置県にともなう施入荘園の召し上げと、世間の廃仏毀釈の風潮により漸次衰運に向かった。昭和二(1927)年、丹後大震災により勅使門、仁王門、庫裡の全壊、昭和三十八(1963)年の豪雪による多宝塔上層部の倒壊等を経て現在にいたり、往時の伽藍の復興を望まれる情況である。
 境内地には椎等、いにしえの巨木が連なり、皆様をお迎えします。
Founded 善無畏三蔵
  • 峰山町橋木873, Kyotango-shi (Fukui), 627-0001, Japan
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