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赤い岩木山の絵[ギャラリー]

赤い岩木山の絵[ギャラリー]

Hirakawa-shi (Aomori), 036-0241, Japan

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About 津軽の霊峰 岩木山を感じるままに描きました。
赤い岩木山の絵[ギャラリー] cover
Description 岩木山。標高一六二五メートル。広大な津軽平野のどこからでも見ることができる青森の最高峰。全国ふるさと富士人気投票では第一位になるほど、沢山の人々に愛されている山。
二十歳の頃にインターネットで見た青森ねぶた。雪国と思っていた青森でなぜこんなにも熱い祭りが開けるんだろう。そんな疑問を持った私は、いつか青森に住みその答えを見つけようと決意しました。ところが、そんな決意はどこへやら、結婚し子供が生まれ家族が増えるにつれ、そんなことも忘れて毎晩子供を抱いて晩酌する始末。そういえば子供の頃、プロ野球選手や総理大臣、パイロットになりたいなんて文集に書いたけど、なにも実現できていないなぁ。実行力のなさに気づいた一週間後、私はただ退職届を出していました。結婚一年目、長男が生後六ヶ月のときでした。
すでに了解してくれていた妻に加え、両親の了解を貰ってからは、電話、ファックス、メールを使って住まいや仕事を探す毎日。何も知らず青森市内の職場を探すもなかなか見つからず、次なるターゲットは弘前に。運良く面接に来て欲しいという会社があり、妻と初めての青森へ来たのは三月のこと。一泊二日の旅は終始曇り空。不安だらけでも後へは引けない気持ちで受ける入社試験と面接。それから約一ヶ月後、合格通知が届き、我が家は急に忙しくなりました。千二百キロ以上離れたところへ引っ越す費用はうん十万円。おまけに連絡待ちの間、無職だったため貯金は底を付き...。いちかばちかでしたが、頑張ればなんとかなるの精神で、とにかく我が家は青森へ行くことにしたのです。
四月中頃、出発は夜明け前の四時半。高速道路を四時間走って敦賀港へ。そこから車ごとフェリーに乗って秋田港に着いたのは更に二十二時間経った翌朝六時半。生後六ヶ月の子供には過酷だったようで、船酔いと発熱に見舞われる始末。それでも前に進むしかなく、地図を頼りに一路弘前へ。この日は入社試験のときと違い快晴でした。碇ヶ関、そして大鰐を過ぎたころ、空の中に突然現れた美しい山。大きすぎて全く気が付きませんでしたが、その山こそが岩木山でした。気づいて欲しそうでもなく、かといって私たちを見捨てず、ただ静かに見守ってくれている山。なんて美しい山だろう。この街でずっと暮らしたい。岩木山を見た瞬間、私はそう思いました。
それからというもの、まるで両親のようにいつでも岩木山は私たち家族を見守ってくれました。通い始めた会社を二週間で解雇されたときも、次男坊が生まれ妻の実家から青森にやって来たときも、長男が腕を複雑骨折し救急車で運ばれたときも、私が会社を辞め独立したときも、いつでも岩木山は見守ってくれていました。
私はそんな岩木山に心から感謝し、なにか恩返しがしたいと考えています。お世話になった岩木山が喜んでくれることは何なのか。そう考えたとき、自然に岩木山基金という言葉が浮かび、岩木山を観て育った子ども達が芸術の道を志すのを助けたいと思いました。この夢が叶うまで、岩木山のパワーと岩木山への感謝を描き続けたいと思います。

下記の店舗様にて、ポストカード、カレンダー、シール等を販売しております。
・鰐come(青森県大鰐町)
・大湯石材店(青森県弘前市石川)
・ビーチ西目屋(青森県西目屋村)
・産直市場大地(青森県弘前市堅田)
・ヒロゴチ(青森県弘前市土手町)
・パークイン五所川原(エルムの街SCすぐ横)
・パッケージプラザコバヤシ(青森県弘前市和徳町)
Founded 02/03/2011

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